
さて、先日の過去ログ『もっとも強い不全を抱えた生物がもっとも進化した』→リンクでこんな事を書いたが…
>「その時点で最も適応できていない、周囲に比べて著しく立ち後れた生物ほど次の次元の新機能を獲得することにより複雑化・高度化してきた」
>例えばこんなこと。その環境に適応している生物は基本的に表現型を変える必然性がないため、長期にわたってほとんど変化しない(古細菌、カブトガニ、シーラカンスなど)。次の段階へ進化する生物は、それまで適応できていた安住の地を追われて、新たな環境に挑戦しなくてはならなかった生物たちだった。
「逆境がきつければきついほど進化するんだ」というのは、厳密に考えていくと語弊がある(これは事実に反する。言い過ぎ^^;)。
つまり“最も適応できていない”んだったら生き残れないやん。死んでまうやんけ。とツッコまれると「その通りです」というしかない。
当然、死んでしまったら(絶滅してしまったら)「進化」もへったくれもない。
リンクこの過去ログの人類もそうだが、ギリギリのところで絶滅を免れて生き残っている、という前提でなくては話にならない。
強烈な逆境の中でもかろうじて命をつないで、その結果壁を乗り越えたら、気付いた時にはいつのまにやら「進化」していた…ということだろう。
物理的な外圧の極端な変化(極端な例だが、今すぐ平均気温が30度上がったり、酸素が大気の2%になったり、水が全部凍りになっちゃったり)があったら、ほとんどの脊椎動物は死滅してしまう。
>例えば、古生代と中生代の間の「PT大量絶滅」、中生代と新生代の「KT絶滅」などです(リンク 阪本氏)
このようにして、過去にも何度かの大量絶滅が起こってきた。
※画像の出典はここから↓
リンク
強力すぎる自然外圧は、生物の種を大胆にバッサリと削っていく。そんな中では、種は多様化・適応放散するどころか、どんどん絞られていく。
1.もし、その中でかろうじて生き残ることができれば、その自然外圧に対応して適応的な生物種が優勢になり、獲得した本能でもっとも生きやすいニッチを占める。
2.そこで種が多様化してきて、新たにできた種の間での生き残り闘争が始まる。「自然外圧」には適応できてるということが前提で、もっぱら、種間の闘争に有利な機能をいかに獲得できるかという競争になる。
他の様々な生物種の関係性の中でうまいことニッチを獲得しえた生物群はそこに居座れるが、その群の生物が生きられる物理的環境を追われる生物群も出てくるだろう。
前者は、何億年何百万年と形態を変えない生物(古細菌、カブトガニ、シーラカンス、ゴキブリさんなど)で、後者は、変化し複雑化し続けてきた生物群(真核生物さらに哺乳類~サルそして人類に至る系譜)である。
3.で、種間闘争において安定したニッチを獲得できた状態では、その生物種内の個体間闘争(もっぱら性闘争)が圧力として認識されるようになる。
この、外圧の“次元”“段階”というものを考えて初めて、生物の適応原理や進化が構造化できるのではないかと思うのである。
簡単に言うと…
*「自然外圧」に適応できていなければ、「種間闘争」どころではない。
*「種間闘争」において生物学的ニッチを押えていないと、「個間闘争(性闘争)」どころではない。
(よーするにメシも食えてないのに戦争どころではない^^;)
っと言ったところだろうか(これまた厳密に言うと、生物はこれら全ての外圧に同時に適応していないと生きられないので、あえて概念区分したとしたら生物にとっての優先順位は上記のように認識されるだろう…、という意味で捉えてください)。
上記を整理するうえで、非常に参考になる投稿があるので一番下に紹介しておく。ぜひ読んでみてほしい。
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http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=3996『外圧適応態』(吉国幹雄氏)より
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