Biological Journal
 
認識機能(本能⇒共認機能⇒観念機能)を解明する
46885 観念回路の非独立性
 
北村浩司  ( 壮年 滋賀 広報 ) 03/01/02 AM01 【印刷用へ
>脳科学における大脳新皮質中心の機能支配説や、人類の能力特性を分析するとき、その判断能力が言語や観念を中心になされているという説は、大きく見直す必要があると思います。観念機能が人類の先端機能であることは疑いのない事実ではありますが、それを駆動させるものは何か?という視点が必要かと思います。(本田さん46834

私もそれを駆動させる根本は、人間の本能や共認等の観念成立以前から存在した諸欠乏であることは疑う余地がないと思います。
また実現論前史でも述べられているように、観念回路が人類のそれまでに獲得した、本能機能や共認機能(だけから作り上げられた方法回路)では極限的な自然外圧を克服できなかったが故に(本能不全、共認不全)もっと深い次元にある適応欠乏が、本能や共認機能の土台の上に作り上げた新機能であることも明らかです。つまり欠乏や不全感が刺激されることによって観念は駆動すると言う関係も明らかです。

また大脳が専ら視覚、聴覚などの感覚機能の発達に伴って、進化してきたという歴史を踏まえ、かつその先端に観念機能が存在するとすれば、主要に観念機能は外部情報=本能の感覚機能や共認回路によって得た状況認識を整除するために発達してきた、と言うこともいえるのではないかと思います。
以上より脳回路論的に言えば、観念回路は、本能や共認回路では方法論が見つからない=方法回路に直結しない⇒繰り返し状況認識を整除し方法回路と照らし合わせる=可能性を探索する、という形で機能しているのではないか、と思います。つまり図式的に言えば、「欠乏(不全)回路⇒方法回路⇒外識機能⇒観念回路」という関係なのではないかと思います。

ただし上記の図式が意味することは、観念回路を駆動させるものが欠乏や不全(上手くいかない)だとすれば、価値判断は欠乏回路(本能、共認、自我の各回路)自体が、あるいはそれが整合しているか(≒実現できそうか)は方法回路が、何れもが観念回路以前の回路が主要に判断しているという関係であるということです。
確かに観念回路は最先端の回路であるが故に、それが持つ他の回路への規定性はきわめて強いものがあります。
しかし上記より観念回路は独立では成立しえない(駆動力も判断力もない)ことも明らかです。

かつ、上記より観念回路は方法探索のノルアドレナリン系の回路から発達したものであり、主要に大脳新皮質で使われている有髄神経は単にノル系の回路が情報伝達スピードを上げるために、無髄神経がシナプスで用いている伝達物質に替えて、電気信号を用いるように進化したと考えていいと思います。(有髄神経と無髄神経は40155参照)

だから同様に、大脳新皮質や有髄神経のみを重視した研究が、本質を何も突き止められないことも明らかだと思います。
 
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